【重要文化財|旧リンガー住宅】 仮記事 with 2000ピクセル画像
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1 アクセス詳細情報
1-1 文化財のピンポイント位置と、詳細アクセスマップ
1-2 公共交通機関
1-3 駐車場
2 見学のしかた (開館時間、入館料など)
3 訪れた時の様子 (写真43枚)
4 旧リンガー住宅の、建築や歴史に詳しくない人でもわかる説明
5 問い合わせ
6 長崎県と全国の文化財分布マップ
1 【アクセス詳細情報】
1-1 文化財ピンポイント位置と、アクセス詳細マップ
グラバー園とその周辺の国指定重要文化財は、赤マーカー
1-2 公共交通機関
旧リンガー住宅は、観光施設「グラバー園」の中にあります。
グラバー園公式サイト内、アクセスのページに詳しく書かれていますので、そちらを参照してください。
複数の路面電車の駅、バス停から、グラバー園の入園口まで、徒歩7分以内です。
1-3 駐車場
旧リンガー住宅は、観光施設「グラバー園」の中にあります。
グラバー園には来園者用の駐車場がありません。
半径400m以内に、複数の大型時間貸駐車場があります。
料金の目安は、1時間につき300円程度です。
2 【見学のしかた】
旧リンガー住宅は、観光施設「グラバー園」の中にあります。
グラバー園が開園している時間は、旧リンガー住宅は内部も含め、一般公開されています。
[開園時間] 8:00-18:00(20:00までの夜間開園あり)
[入園料] 1,300円
[休園日] なし(悪天候の場合は閉園もあり)
詳細は、下の「訪れた時の様子」を参照してください。
地図・黒1
3 【訪れた時の様子】
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長崎の街にやってきました。私の好きな街の一つです。
42 オランダ坂。
1 長崎市街南部、幕末から明治時代にかけての古い洋風建築を集めた観光施設、グラバー園の入口。
地図・黒1
2 ここは階段のみですが、他に、車椅子用のルートもあります。
3 今ではなかなか見なくなった、「自動電話」。
4 さらに坂を上がって。
5 グラバー園の入園券売所。地図・黒2
6 さらにさらに、動く歩道で坂の上へ。
7 動く歩道からは、国宝・大浦天主堂の屋根が見えました。
8 園内からは、長崎港が見渡せます。
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13 グラバー園の一番上まで来ると、旧リンガー住宅が見えてきました。
15 グラバー商会当主の弟の邸宅として、明治元年(1868年)に建てられました。
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16 正面の左右には、出窓風のベイ・ウィンドウが施されています。
17 屋根は瓦葺きですね。ってことは、日本人棟梁による設計の、擬洋風建築でしょうか。
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35 暖炉の煙突。
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20 ベランダ。柱は石の角材、床にはロシアのウラジオストクから運んできた花崗岩が使われています。
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19 ベランダの軒裏。かなり深い軒です。
11 建物側面の窓。
32 建物の骨組みは木造ですが、外壁には天草産の砂岩を使用しています。
22 正面中央の玄関。
29 玄関ホールから。
23 玄関ホール右側の入口から入ると、リビングでした。
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28 こちらは玄関ホール左側の、応接室。
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27 当時のオルガン?
30 応接室の奥の、寝室、だったと思います。
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9 旧リンガー住宅に面した、フリーメイソン・ロッジの門。住宅とは関連がありません。フリーメイソンとは、中世のイギリスで始まった友愛や道徳を学ぶ団体のことだそうです。
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40 園内には、こんなおしゃれなカフェもあります。「自由亭」。2028年3月ごろまで、保存修理で閉館中です。
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4 【旧リンガー住宅の説明】
旧リンガー住宅は、長崎市のグラバー園にある洋風住宅で、イギリス人商人フレデリック・リンガーとその家族が暮らした建物です。明治元年(1868年)頃に建てられたと推定されています。
当時の日本は、長く続いた鎖国政策を改め、外国との貿易を始めていました。長崎には外国人が暮らし、商売をするための居留地が設けられました。イギリス人のトーマス・グラバーは、江戸時代後期の1859年に長崎へ渡り、外国との貿易を行うグラバー商会を設立しました。同商会は武器や船舶、茶などを取り扱い、幕末の日本で大きな役割を果たしました。また、グラバーは造船や炭鉱などの事業にも関わり、日本の近代化にも貢献しました。フレデリック・リンガーは、当初このグラバー商会に勤めていましたが、1868年に同じイギリス人のエドワード・ホームとともに、ホーム・リンガー商会を設立しました。その後、同商会は外国貿易や製茶、製粉、ガス、発電など幅広い事業を手がけ、長崎の経済発展に貢献しました。
住宅が建つ土地は、グラバーの弟アレキザンダーが、幕末の1864年に借地権を取得した場所です。住宅は明治元年頃に建てられ、リンガーが明治7年に土地の借地権と建物を取得しました。明治16年(1883年)には妻カロリーナと暮らし始め、住所が「南山手2番」であったことから、この家を「NIBAN(ニバン)」と呼びました。その後、次男シドニーが住み継ぎ、昭和40年(1965年)に長崎市へ売却されるまで、リンガー家の人々が暮らしました。
建物は平屋建てで、木造の骨組みに石造の外壁を組み合わせています。外壁には熊本県天草産の砂岩が使われ、三方には角石を柱として並べた開放的なベランダが設けられています。ベランダの床には、ロシアのウラジオストクから運ばれた花崗岩が敷かれています。屋根は桟瓦葺きです。正面中央に出入口があり、建物の中央を通る廊下の左右に四つの部屋を配置しています。さらに、厨房や使用人の部屋が付属しています。
旧リンガー住宅は、我が国の洋風建築の中で最古級のものであり、また、当時の長崎で西洋の建築様式が取り入れられていった様子を今に伝える貴重な建物です。これらのことが評価され、昭和41年(1966年)、国の重要文化財に指定されました。
5 【問い合わせ】
グラバー園
電話番号 095-822-8223
メールアドレス nagasaki@glover-garden.jp
このページは、以下の記述などを参考にしています。
グラバー園 公式HP
長崎県 公式サイト
文化庁 国指定文化財等データベース
現地案内看板
現地配布パンフレット
モバイルでは地図マーカーが正しく表示されないことがあります
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