重要文化財 | 臨春閣 紀州徳川家の別荘 (横浜 三溪園)


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臨春閣 見学情報  内部見学は可能?

三渓園、臨春閣の説明

訪れた時の様子 (画像)


臨春閣(りんしゅんかく)は、横浜市街からちょっと南に外れた海沿いにある公園、三渓園(さんけいえん)の中にあります。
江戸時代前期、1649年に、現在の和歌山県北部の紀の川沿いに建てられたとされる建物で、大正6年(1915年)に現在地に移築されました。
建物についての詳しい説明はこちら。




臨春閣は、赤マーカー5



【臨春閣 見学情報】
通常は、臨春閣の内部に入ることはできません。

開園時は、よほど天気が悪くなければ窓や障子が開けてあるので、庭から縁側越しに内部を見学する形になります。

過去に、内部が特別一般公開されたことはあったようですが、2021.2時点で、以降の特別公開の情報はありません。




【臨春閣、三溪園の説明】

三渓園(さんけいえん)は、明治時代に生糸の貿易で大富豪になった原三渓(はら さんけい。本名:富太郎)が、横浜郊外に祖父が保有していた広大な土地に、日本各地の廃寺などから集めた古い建造物を移築・公開した公園です。
戦時の空襲で大きな被害を受けましたがその後修復され、昭和28年(1953年)に原家から横浜市に寄贈。その後は財団法人が管理運営しています。

園内には臨春閣(りんしゅんかく)の他、多くの古建築が起伏に富んだ地形と植栽にマッチした形で配置され、そのうち9棟の建物が国の重要文化財に指定されています。
また、園内の庭園は国の名勝に指定されています。

臨春閣が元々どこに建てられていたのかついては、明確な記録は残っていませんが、現在の和歌山県北部、岩出市内の紀ノ川沿い、紀州徳川家の別荘、巌出御殿(いわでごてん)ではないかと考えられています。
江戸時代前期、1649年の建築で、大正6年(1915年)に移築されました。

第一屋(だいいちおく)、第二屋、第三屋の三つの建物からなり、内部は狩野派(室町時代に始まる日本画の一派)を中心とする障壁画と数寄屋風書院造り(すきやふうしょいんづくり)になっています。
なお、室内の障壁画は複製で、オリジナルは園内の三溪記念館に収蔵され、定期的に展示を行っています。

見どころは、部屋の境にある欄間(らんま)で、波の彫刻や和歌を書いた色紙をはめ込むなどの工夫が凝らされています。ただしこれらは普段見ることができない第一屋、第二屋にあります。
一方、第三屋「天楽の間」にある欄間には、雅楽に使う笙(しょう)と笛など、本物の楽器がはめ込まれていて、屋外から見ることができます。

他の9棟の重要文化財建造物については、こちらのページにリンクがあります。
公式サイトよりも多くの画像を載せています。





【臨春閣を訪れた時の様子】

臨春閣の第一屋(右)と第二屋(左)。

第二屋(右)と第三屋(左)。

臨春閣の第三屋。

第三屋「天楽の間」

よく見ると欄間(らんま)には、雅楽で使う管楽器、笙(しょう)がそのまま装飾として組み込まれています。

第三屋の縁側。

三溪園へのアクセス、開園時間などの情報は、こちらのページをご覧ください。

三渓園公式HP
文化庁国指定文化財等データベース


190906

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